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凝りもせず再参戦・・ [臨時]

前回の空振りから’泣き’の、「もう一打席!」でアリマス・・
- 東日本大震災;昨秋の台風;昨冬の豪雪;
そして先般の暴風災害によって被災された皆様に、
衷心から御見舞い申し上げます -

ミケ棲む北東北・青森市:天気はマぁマぁなんだけど、
「20越え」という気温になかなかナンないのだワ・・
考えてもみなきゃ - ネブタに夏:間に合う?・・
こうした中;「建て直し」や「新生」の途上に
未だある被災地の皆様の労苦というのは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております

ミケの'私的’
「臨時・ダボラ」:
オークション’再’参戦」挨拶です、
宜しかったら お付き合い下さいませ・・

ブログ上で人様のコトを”ホロスコープ診断すると・・”、なんてやってて、
「我」っていう方はナルタケ(押さえ所はオサエてますが・・)、あまり
'気にしない’様にしているミケであります - ネぇ、グーデリアン?
パットン将軍? はたまた孫子だったか、言うてるじゃない:「攻撃は
最大の防御やっ!」って、フフフ・・
ただ;別な「占いモノ」で、米・アストロロジー・ドット・コムっていうのが
あり、そこのメニューに、ニューメロロジー(数秘術)の「年間・見通し」
というのが 17ドルちょいちょいであり、 - それをミケ:面白半分に
”来年・オラの身にナンカ起きるだか?”と 一昨年・末からヤっとります。

numerology.jpg
”本に’読まれる’ナ!;占いの卦にオタオタするな!”というのはもう
社会人の常識です - ネぇ!
  嗚呼それなのに・ソレナノニ - ロクに読まんでおいて(第一、ビチっと
英語だよ;気乗りしない)11月頃に後読みしたトゥエンティ・イレヴンは
6-7割方・それと2-3日位のズレ範囲に、何らかの意味で’らしい’
出来事が結構あったんですワ・・
「トゥエンティ・トェルヴのテーマ」 - ”『新たな’出逢い’』に向け、モノを
減らし/掃除マメに、身軽/身奇麗で『外』へ出よう!”、なんですワ:
オックウな話ですがネ・・

   先月は1日遅れで一行事・当たってましたワ・・
numerology 2.jpg
(フイの話 - セガレ様の身の振り方に目端;ダメ親爺:少し楽に・・)
「心掛けが良かったら」の前提の下、6月には’現れる’カモ、なんだそう・・
(何っ処からだってさ?! 一体・・)
  それで;オークションへの’再’参戦に至った次第でアリマス:

GM Calendar 91 through 99 .jpg
グレン・ミラー・カレンダーのバック・イシュー・18年分
「スペア・取り置き分」で、(スペアじゃ無い方もそうですが)壁とかに掛けたり
などした事もない良品状態です。

カヴァー と前年12月からの13ケ月で14枚 X 18年で 252枚の写真
コレクションを形成 - 今日迄のLPやCDや書籍類に載ったことが無い
写真が毎年かなり入ってました。

長嶋御大 本 コラージュ A.jpg
長嶋茂雄 関連本 19 (+オマケ)
年数経過に伴い、背綴じに傷みのあるもの;それと、付録が欠けている
ものがありますが、そのままの状態での出品です。

以前、一緒に『セット』で出品した大型本;新聞縮刷集・5巻もの;そして、
データ本の3点は別個・切り離しで出品、直後に捌けてしまいました。

・・しかしナンだなぁ・・、こういう『チャンとした』ものと
お別れするのもイイだろうけど;もし、本当に
誰かと『出逢い』トカいう事態になったら
仇瑠戸DVDコレクションこそ、至急
手を打つべきじゃナカロカ?
このネコ親爺・・
それにしても占いの卦など
「ケッ!」って、オタオタしなきゃイイものを・・

皆様、何時も御来訪下さり
本当にありがとうございます!!
ミケちゃん目下「ナメクジ速度」にて
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ミケ鹿馬

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薔薇一輪の想い出 [スィング・バンド鹿馬]

「薔薇・歌」の中では控えめな’咲き方’だったかナぁ・・
Swing Band Collage Revised.jpg
- 東日本大震災;昨秋の台風;昨冬の豪雪;
そして先般の暴風災害によって被災された皆様に、
衷心から御見舞い申し上げます -

ミケ棲む北東北・青森市:気温が中々ノって来ない・・
でも;もう高台に足を運んでも桜はほぼシマイに・・
コンナ読んだら、西や南の方々ならきっと
”ニッポンって広い国なんだなぁ!”、と
御思いになるでしょうねぇ・・
こうした中;「建て直し」や「新生」の途上に
未だある被災地の皆様の労苦というのは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております

ミケのスィング・バンド狂ばなし、
「スィング・バンド鹿馬」:
宜しかったら お付き合い下さいませ・・

今月一号で些かシンミリした事を書いてたミケ:それでも先週辺り
までの当地の桜には結構 癒されておりました。 ツツジやら椿やら
ユリなど、これから咲き出す花々のことなどを思い浮かべたり・・
自分勝手なコトをいふと、ミケはユリが一番『好物』なんですワ:
あまり「梅雨」と云ったジトっとした趣きの無い当地の初夏はイイ・・
ミケにはユリがその「合図」  イ、イカン・いかんッ! そう、「薔薇」
でした: 本号は! - 薔薇:イイじゃない、ネぇ!(テキトーだこと)

「薔薇/Rose」を詠った歌曲はやっぱり多いですよね - 「ブルー
レディに紅いバラ」・・、 「酒と薔薇の日々」・・、「酒」云えば;おぉっ!
「薔薇・4輪」が銘柄のバーボン・ウィスキーも!! 違うっ?!
そ、そうじゃ・・、スィング時代に「一輪」ひっそり、それもごく短期間
咲いてた「薔薇のうた」がありました - 作詞:ジミー・ケネディさん
("My Prayer"の英詞を書かれた事で有名ですね);作曲:リチャード・
ヤングさんの"The Mem'ry of a Rose" - 『今』の音楽・耳には素直
すぎ云うか、シンプルで、まるで童謡みたいな印象すらしますが;
耳に馴染み易い歌 - 歌詞ッコをどうぞです:

Songwriters: Jimmy Kennedy-Richard Young
The mem’ry of a rose
Is with me as I wander
The mem’ry of a rose
She gave me long ago
As evening comes and goes
I dream she waits out yonder
And so I take my way
Day by day
With the mem’ry of a rose
One stolen hour, a promise broken carelessly
A lovely bride once said "I will", but not to me...
The southwind when it blows
Brings only recollection
There’s nothing else to bring
So I cling
To the mem’ry of a rose...

この歌の「ディスク」はどんなだったか? というと、サミー・ケイさんのVictor #
27287 が 2月22日に1週・24位に入っただけでした - 何か、歌の
歌詞みたくハカナイ感じもチョットして来ます・・
Thornhill Kaye with GLENN edited.jpg
上画像:左のラジオMCの方から順に、クロード・ソーンヒル;サミー・ケイ;
そしてグレンの面々 - 着てるものの感じでは、あまり暖かくない季節の
ような感じですが、ひょっとするとケイさんやグレンがこの歌をステュディオ・
レコーディングした時期とは近いかもしれません:
RCA 「Victor」レーベルのサミー・ケイ版 "The Mem'ry Of A Rose"が1941年
1月9日 - "All Night Long"とカップリング。
RCA 「Bluebird」レーベルのグレン・ミラー版は1940年12月27日で、
"Prairieland Lullaby"がB面でした。

RS Dec 27 1940.jpg
この時に収録された4曲 - 「BB」で始まるオリジナル・イシュー番号以外、
「リ・イシュー/復刻」らしきものが見当たらず(「HMV」や、それのSw;Au
は恐らく「ヒズ・マスターズ・ヴォイス」レーベルのイギリス;スイス;オーストラリア
でのSP盤・番号でしょう)、グレンが遺したステュディオ・レコーディング中、
極めて印象が薄く、正直 後の「全曲集」で生き返った感じです。
”無理もナイな・・” と思わせるのはデータ本上、この4曲:リアルタイムでも
グレンが「実演」で採り上げた回数が少ないんですワ・・

ベニー(グッドマン)もヘレン・フォレストさんの唄で出してましたワ - 1月21日
ステュディオ・レコーディング;"Corn Silk"とカップリングの「Columbia 35992」。
BG Larry and H Forrest edited.jpg
この画像は割に時期的に近い方じゃないでしょうか? 左端:ベニー;右端
がヘレン・フォレストさん。 ベニーの右隣はラリークリントンさん。

・・ウムム、グレンとベニー - 彼らには珍しく、双方
チャートに載りそびれ(「損ね」とは書けん)るも
’ひっそり’と競っていたワケですネ・・
ともあれ、シンプルだけど耳に残る歌ですワ

御試聴:コンナのどうでしょ?
The Mem'ry Of A Rose : GLENN MILLER

皆様、何時も御来訪下さり
本当にありがとうございます!!
ミケちゃん目下「ナメクジ速度」にて
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どうか・一つ引越し先でも
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ミケ鹿馬

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「F4Uコルセア・再考」サプリメント-7 [F4U コルセア]

「他機種」の方から再考するコルセア:「前任機」は・・
U.S. Stamps Classic Wildcat .jpg
- 東日本大震災;昨秋の台風;昨冬の豪雪;
そして先般の暴風災害によって被災された皆様に、
衷心から御見舞い申し上げます -

ミケ棲む北東北・青森市:高台の桜並木が凄・綺麗です・・
穏やかな空模様:段々希少になって来んでしょうか?
こうした中;「建て直し」や「新生」の途上に
未だある被災地の皆様の労苦というのは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております

**このブログ記事に過去の歴史上の戦争を
美化・賛美する趣旨は一切ございません、又、
現在そして将来に於けるいかなる戦争・軍事行動
を肯定・支持する意図も一切ございません**

前々から”うーむ;「コルセアが出て来ないコルセア再考も一つの趣向だナ・・”
などと思っておりまして - コルセアの『前任機』をちょっと見てみよう、と・・
標題画像は1996年にアメリカのU.S.P.S.が発行していた記念切手:
CLASSIC COLLECTION のWarbirdシリーズの「グラマンF4Fワイルドキャット」。
他にもP-51マスタングやらF4Uコルセアもあったものです - 嘗て、アメリカ
の「スィング・バンド鹿馬・先輩」が”へぇー、コルセアとか興味アルの? 丁度
そういう切手がシリーズで出てんだよ”、とそういうのを選んでよこしたものです。
マスタングは水滴風防の「D」型で、コルセアの方は「4」型に国籍マークが
横・白帯に赤のストライプが入った1947年以降の感じの絵でした。

標題画像:切手のワイルドキャットは 実にカラフルな塗装と国籍マークで「絵」
になってますが;どうやら『戦前』のものなんでしょう - あんなにカラフルな感じ
で「戦地」には赴けそうもない。
あのF4Fワイルドキャット:元々は複葉機の設計で「案」を出していて、当時の
アメリカ海軍・新型艦上戦闘機の採用にあたって、当初から単葉機で出して
いたブルースター F2A バッファローとの比較で一旦 選から落ちていたそうです。
ただ;そのバッファローの開発進捗に対する『バックアップ』の意味で受注があり、
単葉機で再設計、更に改良を重ねていって、艦戦の主力に就いた模様です。
(・・と云う事は - グラマン・最初の単葉戦闘機だった訳ですね!)
開戦後、1942年5月迄だったら、こんな感じだったんでしょう(それ以降は
星の中央の赤いドットは無くするようにしていたそうです):

F4F-3_new_pitot_tube_of_later_model.jpg
ところで、さっきの切手の裏面にあるキャプションには、「グラマンF4FはWW2初期、
海軍の第一線にあった。 珊瑚海;ミッドウェイ;そしてガダルカナルでの戦闘に
於いてはより優速かつ敏捷な日本の零戦に善戦した。 無骨なワイルドキャット
の軍務は戦争の全期を通し続いた」、とあります。
英語なりの謂い(書き?)表しとして’成る程’と思わせるのは、飛行機としての
性能面でもし勝っていたら 恐らく”outperformed”と云うのを、性能では劣って
いた事を先に認めた上で”outfought”としている処です。
単独:一対一の空戦となったら「勝ち目」というより防戦に追われるものを戦法:
タクティクスで補い、結果として善戦した、という謂い回しで、あまり反論の差し
挟みようが無い感じがして来ます・・(「・・」で止めておきましょう;勿論、異論の
ある方々も御出でしょうが) 

F4Uコルセアが南西太平洋の前線に参加し始めたのが1943年2月中旬。
同前線で戦闘任務に就いていた海兵隊の戦闘機部隊に全てコルセアが行き
渡ったのが同年の7月頃 - これでも当時としては大変な急ピッチだった事
でしょう;5ヶ月というのは。  まして海軍の戦闘機部隊にF6Fヘルキャットが
戦闘参加したのは同じく1943年の9月頃からでもあり、F4Fワイルドキャットが
航空戦の第一線を担っていた期間は、どうしてアメリカ側にとっては長いもの
だった訳ですね。
Grumman_F4F-4s_Henderson_Field_1942_NAN1-93.jpg
アメリカ海軍少佐:ジョン・S・サッチが編み出した「サッチ・ウィーヴ」という戦法は
後々、ワイルドキャットが零戦をはじめとした日本側・戦闘機と空戦する上で
かなりの効果を出した模様です。  また、南西太平洋での戦闘が続く中で
日本側が補給面で劣勢に陥ったのが拍車をかけた点もあるのでしょう:F4F
ワイルドキャットのキルレシオ、謂わば空戦勝敗率は1942年の内に5・9:1、
そして戦争全期間では6・9:1、となっています - 確か当初は 1・7:1くらい
だったと・・  主翼に2挺ずつ4挺の50口径機銃を装備していたF4F-3と、
6挺に増やして取って代わったF4F-4の比較は意見が分かれる処だった模様
です - 重装備になったものの長い射撃時間が取れないのと、飛行性能が
落ちたなどの要因がありそうです。

対日戦・末期になっても、ワイルドキャットは護衛空母
での配備運用が続けられ、特攻機の迎撃などに
就いていた、との事 - 成る程;(今、手許に
見付けられませんが)日本側が洋上で特別攻撃を
行っている遠景をアメリカ側の空母から写した写真
手前・甲板に、ワイルドキャットのあの独特な胴体から
主脚を伸展した姿があったものです。

**このブログ記事に過去の歴史上の戦争を
美化・賛美する趣旨は一切ございません、又、
現在そして将来に於けるいかなる戦争・軍事行動
を肯定・支持する意図も一切ございません**

皆様、何時も御来訪下さり
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ボウルダーの野牛?・・ [マイ・ミラー・マニア]

ポップ・ヒットに紛れ目立たぬも;後年評価上げた秀作
Miller Mania Collage Revised.jpg
- 引き続き、昨春の東日本大震災;並びに
昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -

ミケ棲む北東北・青森市:サエない空模様で連休オワタ・・
(実は、ミケ:「連休」云うのと殆ど無関係なんですワ・・)
しかし;全国的に気象/天候オカシクなってきてますよネ・・
こうした中;「建て直し」や「新生」の途上に
未だある被災地の皆様の労苦というのは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております

ミケのグレン・ミラー狂ばなし、
「マイ・ミラー・マニア」:
宜しかったら お付き合い下さいませ・・

”・・まぁ、アンなんでトゥエンティ・トェルヴの「連休」も越してマったが;
何だなぁ・・、ヌクさが足んないよ、それに後半:雨バッカで・・、
イ、イカンっ!! ブログねた:どうすべぇ?! えーと、5月7日・・”
あった!
RS May 7 1941 w Boulder marked.jpg
「1941年5月7日(水曜だったのか・・) カリフォルニア州 ハリウッドの
ビクター・ステュディオ 午後1:00から5:00迄、"I Know Why"に3テーク;
他の曲は2テークずつ要した」とある。  何時も「ワン・テーク屋さん」の
グレンとそのバンドにしては苦戦してたのか、そうでなきゃなかなか気に入る
トコまでテークを重ねたのか? - 何せ、自分達が出演した映画
主題歌のコマーシャル・リリース向け収録もあったり・・ ここからRCAビクター
ブルーバード・レーベルのシングルが2枚 - BB 11163と BB 11230:
面白いコトに、2枚とも「A」じゃなしに「B面」の方が大ハヤリしてましたワ!!

前述:"I Know Why (And So Do You)"を「A」にしたBB11230 - B面が
"Chattanooga Choo Choo" でしたワ。 一方、BB 11163 も、B面に入ってた
"Booglie Wooglie Piggy"の方が’リアルタイムでは’受けてたミタイです・・

因みに、ヴァラエティ誌 1942年 1月14日号に掲載された、1941年の
レーベル別 ベスト・セラー・トップ5の内、ブルーバード・レーベルは:
"Chattanooga Choo Choo" (GLENN MILLER)
"Piano Concerto" (Freddy Martin)
"Elmer's Tune" (GLENN MILLER)
"Hut-Sut Song" (Freddy Martin)
"Booglie Wooglie Piggy" (GLENN MILLER)
となっていました。
「史上初のゴールドディスク」、と謂われる「チャタヌーガ・チュー・チュー」が
一番最初に挙げられるのは無理ナイとしても、「ピギー」も「5傑」に入る売れ
The Booglie Wooglie Piggy &.jpg
具合だった模様です - 7月19日チャート入り、ピーク 7位;トータル13週。

カップリング相手:A面の"Bouler Buff":フレッド・ノーマンさん/ユージン・ノヴェロさん
が書かれ、編曲もノーマンさんがなさってました - 裏の「ピギー」より一足早く、
6月28日にチャートに入ってますが、2週どまり・最高位 18位。
ただ;あのシングルがレーベルのトップ 5になったには「ピギー・一匹」では無しに
やはりカップリングが効いたのだと思うんですワ。  更に、あの前掲:レコーディング・
データで改めて注目すべきなのは、オリジナルのイシュー:「BB 11163」よりも
後の復刻頻度なんですワ - 「ボウルダー・バフ」:リアルタイムより後年に支持
が増してたミタイでしょう? 又、それだけの魅力や惹き付けるモノを持った曲!
そして、グレンのデータ本に見る(エア・チェックが残ってて確認出来た)実演回数
では「ボウルダー・バフ」は「ピギー」と互角でしたワ!! この曲:レコード以上に、
実演で受けてたのかもしれませんネ。

”A君とB君 - どっちが好き?”、と訊かれ
”そりゃ、B君でしょ”、なんて言ってたのが、
”やっぱりA君の方がシブくてイイ”とかって
アルもんなんでしょうなぁ、へへへ・・
ミケは元々 A子さん派でしたよ。

御試聴:コンナのどうでしょ?
Boulder Buff : GLENN MILLER
The Booglie Wooglie Piggy : GLENN MILLER

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ミケ鹿馬

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彼(女の方の)岸?・・ [自分探し]

床の間、掛け軸の裏に入りたがる、変な童だった・・
初冬の八甲田山 120109A.JPG
- 引き続き、昨春の東日本大震災;並びに
昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -

ミケ棲む北東北・青森市:御陰様で「20度越え」の日も・・、
こう来なくっちゃネ;花見して風邪ひいたら話しにナラン。
そうは云っても;現在、「建て直し」や「新生」の途を
歩み続けておいでの被災地の皆様の労苦は
とても推し量れるものではありません - どうか、
どうか 皆様、体調や衛生面に用心されて
復興の足取りを増して行かれます様、
昼も夜も心底からの祈りを続けます

物凄ーーく珍しく、ミケの
「自分探し・ネタ」であります:
宜しかったら お付き合い下さいませ・・

御来訪の皆様、コンナこと御有りじゃないですか?:
昔、例えば 通学や通勤で良く通った場所で、
何かの都合で、反対側からの景色はついぞ
眺める機会も無いまま一旦縁が薄くなり
それがずっと後になって、何かの関係で
反対の方に入る機会が出来て、
「開闢以来」ってな感じで眺められた
・・、なんていうコト?・・

つい先だって、ミケにそんな機会があって・・、
それでまた、妙な心持ちになったりしたんですワ・・

学生期と社会人ライフ・最初期の県外生活していたのと、後・強いて言えば
国内/国外:それぞれ数度ずつの旅をした程度のミケ - 「住み暮らした」
というレベルの話となると、今世の(ネコ型)人生・半世紀&半ディケードの
「87%」は極めて実家から近くて小さな生活圏で生きてきたもんです。

見慣れた方角 3JPG.JPG
八甲田山系から発した川の流れが南から北の市街地の方へ降りて来る・・
それが途中で一旦別れ・・、そうして後・3kmない位で「海」へ、という辺りで
再び合流するスポットがあり、 その近間・西側に ミケ・実家があるんです。
  カミさん・子供とミケが四半世紀暮らした一軒家もそこから西に1・5km
位のトコでした。  そんな訳で、その川の「合流点」:ミケには凄い馴染みの
ある見慣れた景色なんですワ。  ただ;対岸・東の方には(学区割りの関係
だったか)友達も居らず 用事も出て来ず丸っきり馴染みがありませんでした。

その合流点に架かってる小さな橋 - 「独り者」になり、川の東側エリア住人
になってからヤタラ往来頻度が増えまして・・  それで;自分でも「第三の目」
など持ってませんが、何とは無し:”今こうして此処を渡ってる「自分の横顔」とか
’客観的に’見たら相当ショボクレて寂しげなんだろうナ・・”、なんて思ってましたワ・・

  それがタマタマ、対岸・川べりに広い敷地を占める極めて公共性の高い地元企業に
寄らせて頂く機会を得て、ちょっと散策;渡り慣れた橋を反対側から眺める事が
出来た・・、という訳ですワ

あら、コッチからだと 4B.jpg
そこで、ポカーーーンとしてなんですが;変なコトを考えたんですワ:
”あの橋を往来してる人達を、「コッチ側」から眺めるなんて今迄無かったナ。
ミケがノタノタとアソコを渡ってるトコも、こうしてりゃ見えるだろうか?・・
ア”・無いか:ソレは・・、でも、カミさんとかたまにこうやって見てんだろうか?
ひょっとすると、掛け軸の反対側から見るのもこんな感じだったかナ?・・
子供の頃、掛け軸の裏に入り込んで部屋の様子を眺めるナンテ
変な癖がミケには有ったっけな・・”

”そうだよネ;その内また、分岐した川も合流したりして・・”
ソンナ事やら ボーーーッと思い巡らしてたら、
何か、結構『緩和』された心持ちになりまして・・
’取り敢えず’まだコッチ側に居る方としては
こうしながら目の前の事を片付けて
行くのみですよ、ねエ・・
  *今日(5月2日)がカミさんの命日なんですワ*

ただ;ミケのような初老人はともかくとして、
若い人達が恋愛の延長から結婚しようとしても
就労や所得の状況が難しくてままならない
などというのは、本人達の努力トカじゃなく
世の中が間違ってます - これだけは言いたい!!

でも・・、出来たらミケ:再婚したい - 御飯も全部作るし、
風邪一つひかせないように大事にするし、夫婦喧嘩は
千回起きても全部・勝たせてあげるから・・
まぁ・・ヤッパリ、無理か・・ フンッ、イイよ・・

皆様、何時も御来訪下さり
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デュークのスマッシュ [スィング・バンド鹿馬]

この時季にチャートを席捲していた、エリントンさん・・
Swing Band Collage Revised.jpg
- 引き続き、昨春の東日本大震災;並びに
昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -

ミケ棲む北東北・青森市:かなり温暖になって参りました、
うーーん;待ってりゃ「春」は来るもんなんですネエ・・
・・にしても、去りし「冬」 - いや、酷かったワ・・
こうした中;「建て直し」や「新生」の途上に
未だある被災地の皆様の労苦というのは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております

ミケのスィング・バンド狂ばなし、
「スィング・バンド鹿馬」:
宜しかったら お付き合い下さいませ・・

例によってネタ探しに悶え苦しむミケ - データ本にすがってたら、
丁度、この季節柄に往年のヒット・チャートを賑わせた、「今」では
すっかり『スタンダード・ナンバー』になっている歌を発見ですワ!!
その「歌」は1938年の、時季として日本で云うなら連休入り口
から初夏の辺りにかけ、華やかな競演を当時のヒット・チャートで
引き起こしていました! かのデューク・エリントンさんが曲創り
された"I Let A Song Go Out Of My Heart"
I Let A Song Go Out Of My Heart chart.jpg
何はともあれ、歌詞をイってみましょう・・

  Songwriters:
Irving Mills, Henry Nemo, John Redman, Duke Ellington

I let a song go out of my heart
It was the sweetest melody
I know I lost heaven
'Cause you were the song
Since you and I had drifted apart
Life doesn't mean a thing to me
Please come back sweet music
I know I was wrong
Am I too late
To make amends
You know that we were meant to be
More than just friends, just friends
I let a song go out of my heart
Believe me darling when I say
I won't know sweet music
Until you return someday

1938年3月26日に初チャート入りしたにエリントンさんのブランズウィック
8108がチャート・トッパーになったのが4月23日から3週(トータル19週
の在チャート - こりゃスマッシュ・ヒットですワワワん!!)
5月14日チャート入りしたベニー・グッドマンのビクター 2584も6月11日
に1週チャートのトップになっていて、トータル在チャートが9週。
コニー・ボスウェルさんのデッカ 1896が5位;ミルドレッド・ベイリーさんの
ヴォカリオン 4083が8位;ホット・リップス・ペイジさんのブルーバード 7567
が9位・・、と1938年の春を彩っていた模様です。

それぞれの個性を発揮し、聴衆を魅了する
ビッグ・バンドがイッパイ咲き乱れていた
スィング時代ですが;曲創りでも
比類の無い宝物を多く遺された
デューク・エリントンさんって、やっぱり
一段・二段飛び抜けた存在感ですワ!!

I Let A Song Go Out Of My Heart.jpg
御試聴:コンナのどうでしょ?
I Let A Song Go Out Of My Heart : Duke Ellington
I Let A Song Go Out Of My Heart : Benny Goodman
I Let A Song Go Out Of My Heart : Connie Boswell
I Let A Song Go Out Of My Heart : Mildred Bailey

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スウィング時代のステレオ音源 2 [スィング・バンド鹿馬]

そう;「再生」はともかく「収録」はステレオしてた・・
Swing Band Collage Revised.jpg
- 引き続き、昨春の東日本大震災;並びに
昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -

ミケ棲む北東北・青森市:気温が未だ「本調子」出ず・・
これは、この先 花見だけじゃなく、ネブタやお盆も
半月程ズラしていった方が良さそうナ・・
そうは云っても;依然「建て直し」や「新生」の
さ中にある被災地の皆様の辛さというのは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております

ミケのスィング・バンド狂ばなし、
「スィング・バンド鹿馬」:
宜しかったら
お付き合い下さいませ・・

1940年代、スウィング・バンドは銀幕でも大活躍:
20世紀FOXがグレンなら;MGMはアーティー・ショウ
トミー・ドーシーにハリー・ジェイムスとばかり凄い・凄い

"ALIVE AND KICKIN'"というCDで音源は全てMGM映画サウンドトラック
Alive And Kickin enlarged.JPG
いろんなバンドが出ています:アーティー・ショウ
AS Lady Be Good enlarged.jpg
1939年の録音でAt Sundownがステレオ収録;これは映画で使わなかったテークの様です。
トミー・ドーシー:CD収録の23曲中最多の8曲(内4曲がステレオ収録)
TD  Du Barry Was A Lady enlarged.jpg
1942年のShip AHoyという映画の分だけでも:
Hawaiian War Chantのジギー・エルマンのトランペットとバディ・リッチのドラムの
掛け合いは、凄い聴き応え。 それに、アウト・テーク収録分でフランク・シナトラが
ヴォーカルをとったBlue Skies:恐らくサイ・オリバーの編曲だと思うのですが
イイ・スウィング感ッ!! Du Barry Was A Lady(1943)やBroadway Rhythm(1944)
といった出演作品の分でも、ゴージャス且つスウィンギーな音を残しています。
HJ Bathig Beauty enlarged.jpg
これはハリー・ジェイムス:Bathing Beauty(1944)のヘレン・フォレストのヴォーカルを
フィーチャーした、I Cried For Youなどは昔、テレビで(邦題:「世紀の女王」)観た
時から一遍に気に入ってしまったので「再会/再聴(?)」出来、嬉しかったものです
- これもステレオで音を録っていたのかぁ・・
ジミー・ドーシー、ガイ・ロンバード、ヴォーン・モンロー、ボブ・クロスビー、
ケイ・カイザーといったバンドの音も収録されています

第二次大戦が激化した1943年から「戦意高揚・娯楽映画」
の多くが気前良くカラーで撮られる様になりました:
外地に向けては”兵隊さん、頑張って!”;銃後には
”戦時国債にご協力を!”という意味合いでしょう・・
実はグレンも(多分、ベティ・グレイブルとの共演)FOXと
3作目の話をしておきながら陸軍に志願入隊し、USAAF
(陸軍航空隊;後の米空軍)に行ってしまいました・・
・・ンな事しなくても、結局 独/日負けたろうし、
もっと「音」と「絵」を遺してくれてたらナぁ・・

御試聴:コンナのどうでしょ?
Broadway Rhythm : Tommy Dorsey
Bathing Beauty : Harry James

皆様、何時も御来訪下さり
本当にありがとうございます!!
ミケちゃん目下「ナメクジ速度」にて
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スィンギーな「懐メロ・復活」 2 [マイ・ミラー・マニア]

ヴォードビル由来の「懐メロ」がスィンギーに「再生」・・
Ida! Sweet as Apple Cider.jpg
- 引き続き、昨春の東日本大震災;並びに
昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -

ミケ棲む北東北・青森市:晴天ですが気温・今イチ・・
来るゴールデン・ウィーク辺りでドレ位 追い付くかナ?
こうした中;依然「建て直し」や「新生」の
さ中にある被災地の皆様の辛さというのは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております

ミケのグレン・ミラー狂ばなし - これも
スィング期、既に『懐メロ』になってた
古いヴォードビル・ヒット歌曲を、
極めて斬新なアレンジで
’化け・直させた’例です:
宜しかったら お付き合い下さいませ・・

歌の「年季の入り具合」から行けば、前号の"The oneI Love"より
『高齢』と謂える1903年生まれ - 歴史的なヴォードビリアンで
ミンストレル・パフォーマーだったエディ・レナードさんがエディ・マンソン
さんと共作したものだそうです。
Ida! Sweet as Apple Cider chart.jpg
この歌でレコードをチャートに送り出した歴代アーティストは:1924年に
フランク・クラミットさんの15位;’27年にはレッド・ニコルスさんのレコードが
チャート・トッパーを記録してました!(この吹込み時には未だグレンも
ベニーも入って無かったミタイ - ミフ・モールさんがトロンボーンでピー・
ウィー・ラッセルさんのクラリネット、と彼らの「先輩格」の方々だった)
しかし何です・・、こうした’20年代ヒット・ディスクの頃に既に『歌』の方
は「20歳・以上」になってたワケですワ!
兎に角、歌詞をイってみましょう・・

  Songwriters: Eddie Leonard, Eddie Munson
c Edward B Marks Music Company

In the region where the roses always bloom,
Breathing out upon the air their sweet perfume,
Lives a dusky maid I long to call my own,
For, I know my love for her will never die;
When the sun am sinking in dat Golden West,
Little robin red breast gone to seek their nests,
And I sneak down to dat place I love the best,
Ever'y evening there along I sigh.

**ココまでがヴァース(あるっていうのミケは知らなかったワ!)**
Ida! Sweet as apple cider,
Sweeter than all I know,
Come out! In the silv'ry moonlight,
Of love we'll whisper, so soft and low!
Seems as tho' can't live without you,
Listen, please, honey do!
Ida! I idolize yer
I love you, Ida, 'deed I do.

1941年に1週だけ、それも29位にですがグレンのリヴァイバル盤が入って
います。 これだけ「懐メロ」になってたのを’料理’したんだから、まずまず『善戦』
と謂えるでしょう - 何せグレンが生まれるより前からあった歌ですからネぇ・・
RS Jan 17th 1941 w Ida & One I Love marked.jpg
1941年1月17日 N.Y.C.ビクター・ステュディオで収録した6曲(も?!)
中の一つ - 前・記事の"The One I Love Belongs To Somebody Else";
それに大当たりだった"Song Of The Volga Boatmen"等と同日にステュディオ・
レコーディングされていました。
時期からいけばこのNYパラマウント劇場での3週・公演の少し前辺りでしょう・・
GM Theater dates 17.jpg
このレコード:そりゃあ、1週だけの29位と一般受けは今ひとつ
だったけれど;音楽誌上のレコード評はかなり良かったミタイです - tp
奏者でスタッフ・アレンジャーだったビリー・メイが、斬新な着想で「懐メロ」を
再生させてるのと、ts奏者:テックス・ベネキーの唄い方もナンカ・耳を惹く・・
因みにこの画像:ダウンビート誌1941年 5月15日号の評では:

Down Beat may 15 1941 Records.jpg
”西海岸での映画撮影の為、ミラーとメンバーはここ数ヶ月、
あまり公衆の前に姿を見せていないが、懐メロ:「アイダ」 を
採り上げた彼らのレコードへのジュークボックスの反応は
目下、数百の拠点で目覚ましいものがある。
  並外れたアレンジ;そして並外れたテックス・
ベネキーのヴォーカル。 ブルーバード盤”
とありました - 『善戦」ですワ、これ!

御試聴:コンナのどうでしょ?
Ida! Sweet As Apple Cider : GLENN MILLER
Ida! Sweet As Apple Cider : Red Nichols & His Five Pennies

本日も当ブログにお越し下さりありがとうございます!

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スィンギーな「懐メロ・復活」 1 [スィング・バンド鹿馬]

ヴォードビル由来の「懐メロ」がスィンギーに「再生」・・
The One I Love.jpg
- 引き続き、昨春の東日本大震災;並びに
昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -

ミケ棲む北東北・青森市:曇り空に、薄ーく青空:
何か、ミケのツムジの辺りの様なマバラぶり・・
しかし;過去記事に書いた通り、「1旬間」
ほど「春ペース」が当地は遅れてるワ・・
当市南東にある高台の墓苑など雪・残ってて、
ミケ・実家の墓所:「春彼岸・分」の墓参が
未だ出来てない有様ですワ・・
こうした中;依然「建て直し」や「新生」の
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ミケのスィング・バンド狂ばなし、
スィング時代、既に『懐メロ』になってた
’20年代・ヴォードビルでの「当たり歌」:
「スタンダード・ナンバー」として後々
唄い継がれる「足掛り」となった
スィング期の「再生」ヒット盤バナシ、
宜しかったら お付き合い下さいませ・・

The one I Love chart.jpg
ガス・カーンさんが作詞;アイシャム・ジョーンズさんが作曲の
"The One I Love Belongs To Somebody Else" - 1924年に出た
アル・ジョルスンさんのレコード:ブランズウィック・レーベルの#2567
は同年のチャートにピークで2位を2週記録し、他には作曲した
ジョーンズさんのが5位;レイ・ミラーさんも5位;それにソフィー・
タッカーさんが10位に入るといった「大当たり歌曲」だった様ですワ。
ウ・だば、歌詞っこイてみましょう・・

  Music by Isham Jones; Lyrics by Gus Kahn
c EMI Music Publishing

You know the one I love belongs to somebody else,
That's why she sings her songs to somebody else,
And even when you have your arms around her
You know her thoughts are with somebody else,
And when I hold her hand they belong to somebody else
And you can bet they're not so cold to somebody else,
It's tough to be alone on a shelf,
And it is worse to fall in love by yourself
When the one you love belongs to somebody else.

トミー・ドーシー・バンドがこの「懐メロ」をイじってヒットさせたのは2度
あった模様ですネ。 ジャック・レナードの唄をフィーチュアのVictor
  #25741で1938年2月26日にチャート・初登場、ピークで16位
というのが一度目。  フランク・シナトラとコーラス・グループ:パイド・
パイパーズの唄をフィーチュアのVictor #26660でもって11位
までもってったのは「二度目」でしたワ!(白状すると、ミケはシナトラ&
パイド・パイパーズのヴァージョンばかりが印象強かったんですワ・・)
Sy Oliver Arranger Champ of 41.jpg
このヴァージョンを編曲したのがサイ・オリヴァーさん - 当時はTDバンドに
スタッフ・アレンジャーとして加わっておいでだった! 彼はダウンビート誌の
1941年度・人気投票で、とうとうアレンジャー部門の首位を飾った!!
勿論、トミーのバンドには他にもポール・ウェストン;アクセル・ストーダール;
ディーン・キンケイド諸氏といった素晴らしいアレンジャー大勢おいでだった
けれど、トミー・ドーシー・バンドがスィング部門(ジャズ指向)でハジケ出し
たには、アレンジャー:オリヴァーさんの貢献っていうのが凄い大きいですワ!
スィート部門では首位も記録していたトミーですが、スィング部門で2位
につけて「両部門・2位」というレコードを持っているのは他にはグレン・ミラー
(1939年に記録)しかいない、という素晴らしい『珍記録』でアリマス!!

ただ・・、「ミラー・マニア」のミケとして、
本・記事を書いてて 辛いのは:
グレンもブルーバード・レーベルから
この歌のレコードを出しておりましたが、
("Sun Valley Jump"とカップリングしてた!)
チャートに載る「競演」まで行かなかった:
ま、イイか - タマには・・

御試聴:コンナのどうでしょ?
The One I Love (Belongs to Somebody Else) : Isham Jones
The One I Love (Belongs to Somebody Else) : Al Jolson
The One I Love (Belongs to Somebody Else) : Tommy Dorsey/Frank Sinatra
The One I Love (Belongs to Somebody Else) : GLENN MILLER

皆様、何時も御来訪下さり
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ミケ父・戦争ユル回想譚:後・もう一つだけ・・ [単なるダボラ、です・]

いえ、『普段』はチャンと軍人してましたが・・
P-51Mustang.jpg
- 引き続き、昨春の東日本大震災;並びに
昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -

ミケ棲む北東北・青森市:二桁・気温がやっと定着・・
いや、そうでないと困りますワ - 「連休には桜」が
『相場』の当地としては・・ 少し遅れるかナ?
そうは云っても;依然「建て直し」や「新生」の
さ中にある被災地の皆様の辛さというのは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております

**このブログ記事に過去の歴史上の戦争を
美化・賛美する趣旨は一切ございません、又、
現在そして将来に於けるいかなる戦争・軍事行動
を肯定・支持する意図も一切ございません**

「ミケ鹿馬」四月(まだ)四号 - たまーにチェンジ・アップ:
”えぇーーっと、次のブログねた・・”と、乏しい画像ファイル
をボヤーっと眺めていて、フイに’例の’F4Uコルセアの
主翼下の落下増槽:通称「ドロップ・タンク」に
目が止まり、”おぉ、ヘンチクリンな話だけど
コレも書ける内に書いとくべ”となった次第、
ミケ・父の何か’ユルイ’戦争回想譚の「三号」
(もう後はございません)
宜しかったらお付き合いを・・

コレはもう、「昭和の話」:ミケの少年期の事ですが;確か、
「頭上の敵機」のTVドラマ版を家族で観ていた時です。
ミケ・父は戦時中、’当時’「北支」と呼んでいた中国北部戦線で
野砲隊の将校で、これもまた’当時’「在支米空軍」と呼んでいた
アメリカ陸軍航空隊の爆撃や銃撃に頻繁に遭っていたようでした。

興味深いコトに;ミケ・父、 その「北支」での記憶の限りでは例えば4発
の重爆撃機ではB-17;そして戦闘機ではP-47サンダーボルトなど
は見掛けた事が無い、と言っておりました - どうやらヨーロッパ;又、
太平洋の戦線でも配備していた機種群には違いがあったミタイです。

ただ;「代り」と謂ってはナンですが、重爆撃機:B-24;中爆撃機:
B-25;それに戦闘機ではP-38とP-51等にはウンザリする程
鉢合せしていたようです - 野砲隊などは特に標的になっていた
事でしょう、それは・・

当然の事ながら、戦死者/負傷者を出す酷い目に遭いもする訳
ですが;その敵機が飛び去った後 - 瞬間的に「台風一過」ミタイな
『間』が出来たりするそうです。
   戦闘機P-38;P-51が - 日本機との空戦に入る際などで
しょうか - ドロップ・タンクを切り離して落としていったりします。

そこにミケ・父と隊員が集まります - 「飛行機」にはどうか知らず、
「陸の者」には、まだ結構な量が残っている・・
ここから先:正しくは「ミケ・父・中尉」ですが、’簡略化’して単に
「ミケ・中尉」で そうしたある時の遣り取りを・・

隊員・壱:”おぉ、まだヨウケ入っているぞぉっ!”
隊員・弐:”やはりオレに惧れをなして置いていったのだろうテ!”
隊員・参:”何を云うか、このホラ吹きめっ!”
隊員・四:”ともあれ、折角の「置き土産」だ使わん手は無かろう・・”
隊員・伍:”そうだ・そうだ;コレで帰りは速いぞッ!”
隊員・六:”オイ・よせ;変なコトを云うな - 力が抜ける・・”

そういった精一杯 元気出そうとオドケている隊員の遣り取りをミケ中尉は
遠巻きで苦笑して聞きながら、自分のオイル・ライターにも’チョコっと’
「給油」してタバコに火を付けたそうです。  そこに、長い付き合い
の古参の下士官が寄って来て、同じ様に一服付けにかかり、
ミケ中尉は火を差し出した・・

古参・下士官:”あっ、ありがとうございます!”
ミケ中尉:”うん? いや・・ ま、一服付けてからサ・・”
古参・下士官:”しかし、何ですね・・、 その・・、敵の・・”
ミケ中尉:”あぁ・・ ったくナぁ・・”
古参・下士官:”敵の「置き土産」なんかで火付けて・・”
ミケ中尉:”うん・・、うん・・”
古参・下士官:”一服付けてちゃ、ダメなんですよねエ・・”
ミケ中尉:(ゲホッ、とむせて)
ソレ、(分かってんならワザワザ口に出して)云うなジャっ!”

『今』じゃない、70年程も前の事 - 一般人には
海外旅行など、それは縁遠いモノだったでしょう。
それが;「弾の下をくぐる」;「命の遣り取り」で、
日本から何千キロも離れたような所で
死んだり 行方知れずになるのは
このミケにはとても想像つかなく
切ないです・・
いや;何処の国の人だって、やっぱり
辛い;切ないと真の心底では思うでしょう・・

**このブログ記事に過去の歴史上の戦争を
美化・賛美する趣旨は一切ございません、又、
現在そして将来に於けるいかなる戦争・軍事行動
を肯定・支持する意図も一切ございません**

皆様、何時も御来訪下さり
本当にありがとうございます!!
ミケちゃん目下「ナメクジ速度」にて
『メイン・ブログ』移転中:
どうか・一つ引越し先でも
宜しくお付き合い下さいネ!

ミケ鹿馬

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